hosoyaalonsoの日記

文学懐疑のダンカイ世代

ロクさんとケイさんの立ち話

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「どうした、正月早々浮かぬ顔だね」
「そう見えるかい。そういう君は浮いた顔でご機嫌のようだね」
「浮いた顔はご挨拶だね。僕は普通だよ」
「普通が一番だ。だが、いつまで普通でいられるか」
「君はどうも取り越し苦労だからいけない。いずれなるようになるさ、ケセラセラじゃないか」
「やれることはやってきたし、歳も歳だからもういいかとも思うんだが、これからどうなるか、やはり気になってならないね」
「どうなるかって、日本がかい」
「ああ、そして、世界がね」
「大きく出たね。やっとコロナの終わりが見えてきたところで中国で感染爆発、集団免疫となるか、突然変異で強毒化するか、といった心配かい」
「それもあるが、それ以上に、政治がどうなるかが気になるね」
「それで、こうして冬の道端で立ち話か、やれやれ」
「それから、経済だ」
「それから」
「生活だ」
「それから」
「人間だよ。人間がどうなっていくか」
「人間は変わらないんじゃないか。どこまで行っても同じような間違いを繰り返すんだろう」
「そうだね、何回やっても懲りずに、繰り返している」
「そして、もう世界の終わりだ、などと叫んでいる」
「でも、依然として世界は回ってるじゃないか、と言いたいんだろう」
プーチンもいずれは諦めるだろうさ」
「そんなに簡単にはいかないだろう。一旦動き出したものを止めるのは至難の業だ」
「そうこうするうちに、世界はとんでもないことになっていくぞ、というわけか」
「そうかもしれないね、あるいは、そうでないかもしれない」
「アジアもどうなるか」
「紛争の危険は年々増している」
「軍備増強のせいだ、と非難している連中もいる」
「これから顔色が変わっていくだろう」
「エネルギーより温暖化防止が気になっている若者もいる」
「恵まれているからね。薪や石炭に頼るしかない世界がどれだけあるか知らないんだろう」
「君だって十分恵まれているじゃないか。年金ももらっている、健康保険もまだ破綻していない。消費税も当分は上がらない」
「だからかえって心配だ。恵まれているわれわれは少なくとも責任を感じるべきだろう」
「だからと言って、年金が減らされ、消費税が倍になるのには君も反対だろう」
「嫌だが、やむを得ないとも思っているよ」
「そんなことを言えるのは、たぶんそうならないと思っているからだろう」
「それも然りだ。僕たち老人がいまのこの国をおさえているからね」
「じゃあ口だけだ。いい気なもんだ」
「その通りだ。だが、口だけでも、僕たち自身もそれに気付いているんだ、と言うべきだろう」
「偽善だよ」
「政治では偽善も偽悪も変わらない。欲と欲、力と力のぶつかり合いだ。我が身可愛さ、孫子可愛さからの発言でもいい。建前でも本音でも、嘘でも本当でも変わらない。それがどれだけ人を動かすかにかかっている」
「だから大きく誤るんだろう」
「その通り、そしてそれが歴史となる」
「だから――」
「だからこそ、それに対してものを言おうとする動きがある。まるで力とならなくとも、声をあげる人がいる。そしてまた、そこにも誤解も嘘もありうるんだ。僕らの思考は無謬ではなく可謬だからね」
「ああ言えばこう言うだね」
「その通り」
「つまり、そう偉そうに喋ってる君の考えも間違っているかもしれない、謬見に過ぎないかも、と認めるんだね」
「その通り」
「などと屁理屈ばかり言ってるから、君の話は辛気臭くって人気がないんだよ」
「その通り。君の何を見た、何を食べたは大人気だろうが」
「お陰様でね。僕は何より自分の世界を大事にしたい。この一日を大事にしたい。カルペ・ディエム(その日の花を摘め)だ」
「大いに結構。どうぞ摘んで行ってくれ。花鳥風月、物見遊山、親友交歓、家内安全、一族繁栄」
「同窓会、老人ホーム、お達者クラブ、仲良しごっこ……と言いたいんだろう」
「この間、そんなものを見るのはもう御免だ、と言ってる人が二人いたよ」
「君じゃないのか」
「僕は、皆が元気で楽しんでいるのは大いに結構、投稿写真も興味深い、世界を広げてくれると思っているよ」
「しかし、あれもこれもというわけにはいかない」
「この道一筋にというのも息苦しいしね」
「じゃあ、一体何が残るんだい」
「これから先に何があるのか。みんなきっとそれが気になっているんだろう」
「だからこそ笑顔で、エール交換というわけか」
「なんせはじめての体験だからね、だれもが」
「自分が終わるというのは、かい」
「終わる前に何があるかだ」
「言わぬが花の吉野山だよ」
「その通り」
二人の向うではもの言わぬ山が何やら地響きを立て始めていた。

 

                                                  片岡球子