hosoyaalonsoの日記

文学懐疑のダンカイ世代

2023-09-01から1ヶ月間の記事一覧

あの町と、あの時

二十年前の九月、上海の小さなホテルに逗留していた。宵になってドアがノックされ、開けてみると、ホテルの主人が笑顔で立っていた。重ねた掌の上には月餅が一つ。礼を言って受取り、東の窓に寄って月を見た。中秋だったのか、と。 仕事を持ち込み、一室にこ…

【志賀直哉と小林秀雄 ── 正対された〈美〉】旧稿より

蓮實重彦はこう述べていた。 《白い山羊髭をたくわえた晩年の肖像写真や広く流布された「小説の神様」神話にもかかわらず、志賀直哉の言葉には不気味な若さがみなぎっている。彼が漱石のような現代の古典とならずにいられるのも、理不尽なまでの無謀さがある…

谷崎文学の価値とは

谷崎潤一郎は、都市生活者の視点で現代の私たちの暮らしぶりを丁寧にとらえ、見事に表現した作家です。その文学には、特別な理念や深刻ぶった主題ではなく、日常の中で生きられた喜怒哀楽や、美、陶酔、欲望までが理解可能なかたちで確実に表現されています。…

佐々木英昭作『襖の向こうに──漱石二人芝居』試演

伏見の清楚な町屋で、佐々木英昭作『襖の向こうに──漱石二人芝居』試演を観た。佐々木氏の脚本、二口大学、広田ゆうみ両氏の演技とも、期待にたがわぬ充実したものだった。 漱石の『こころ』と『道草』、さらに鏡子夫人の『漱石の思い出』をもとに組み上げら…