2023-07-01から1ヶ月間の記事一覧
健三が出会った男は何者なのか。 答えることは決して困難ではない。それはむしろ容易に名指すことができる相手なのである。 だが、「一」では「その人」─「この男」─「その男」─「この男」─「その人」と呼称が揺らぎ、「二」になっても「帽子を被らない男」…
そうして、最初の場面があらわれる。一人の男との邂逅である。それは、語ろうとされるものの重さを一挙に予感させる、全篇の白眉ともいうべき場面なのだ。 《ある日小雨が降った。その時彼は外套も雨具も着けずに、ただ傘を差しただけで、何時もの通りを本郷…
『道草』冒頭は「遠い所」から帰った健三の思いをたどっている。 《彼の身体には新らしく後に見捨てた遠い国の臭がまだ付着していた。彼はそれを忌んだ。一日も早くその臭を振い落さなければならないと思った。》一 ここで、なるほどこの男は「遠い国」を経…
漱石の一人称の誘引力はいうまでもない。『坊っちゃん』や『こころ』の心地よいまでの一人称の語りは、読み手の視線を語り手から書き手の方へと向かわせる強い力を持っている。すなわち、我々はそこで、漱石その人の声をじかに聴きたくなるのだ。 だが、『道…
「国民」という言葉に対するアレルギーは、戦後教育を受けた我々団塊の中に浸透しているものの一つです。耳ざわりのよい「市民」を決め込んで、煩わしい共同体の問題から逃げてきたのでしょう。宮崎駿も執着しているらしき、吉野源三郎「君たちはどう生きる…