hosoyaalonsoの日記

文学懐疑のダンカイ世代

2023-04-01から1ヶ月間の記事一覧

『嘔吐』を読む(26)──水曜日(4)「これは座席だ」

独学者との対話に苛立ち、強烈な〈吐き気〉に襲われたロカンタンは、思わずナイフをテーブルに強くたわむまで押しつけて、こう考えるのだ。 《つまりそれだったのか、〈吐き気〉は。この明明白白な事実だったのか? 私はさんざん頭を悩ませた! それを書きも…

『嘔吐』を読む(25)──水曜日(3)ヒューマニズム、「強烈な喜び」と「途方もない怒り」

『嘔吐』の後半になって、独学者はさらに印象深くあらわれてくる。 ブーヴィルの町の図書館の本をAからZまで順に読もうという変人で、ロカンタンが勝手に「独学者」l'Autodidacte と名付けた相手である。独り者で、三十歳のロカンタンより年上らしい。「オジ…

『蓼喰う虫』を読む(3)──「自己愛」の醍醐味

ラ・ロシュフコー流に言えば、まさに「自己愛」と見えるのではないか。 いかに人柄の良いできた夫であるか、妻子の心中をもきめ細かく慮って慎重にことを進めようとし、また一方で、いかに柔軟な知性と現代的な倫理観をも保持して、いざとなれば敢然と己の考…

『蓼喰う虫』を読む(2)──やれやれなるほど、だがそれにしても、か

こちらが年を取ったせいか、さらに分かりやすさが増したように感じるのである。 もとから決して難解だったわけではなく了解可能な小説と見えていたのだが、さらにやれやれなるほど、といった思いが強まってくるのだ。了解は必ずしも共感ではなく、うんざりも…

ワンプレートランチの夢──よしなし事

郊外のファミレスで友と語る。久し振りの店で、日替りランチが貧弱なワンプレートに。小奇麗なメニューに模様替えし、価格もかさ上げしたかのようである。それでもほぼ満席の盛況ぶり。配膳ロボットは未だ無く、店員数人で健闘中。 ドリンクバー付にて、まず…

『蓼喰う虫』を読む(1)──〈整理された優柔不断〉

『蓼喰う虫』は、いわば、犬も食わない夫婦の面倒のあれこれを興味深いかたちに仕立て上げ、文化的な色付けをほどこした一篇といえるだろう。 すでに性的な関係を持たなくなった夫婦が、夫は娼婦のもとに通い、妻は夫の了承の下に愛人を持って、小学四年の息…

『嘔吐』を読む(24)──水曜日(2)「田舎のヒューマニスト」

ロカンタンは独学者に冷たく向かい合う。「独学者」 l'Autodidacte とはロカンタンの付けたあだ名で、地方都市の図書館常連で一風変わった読書家の好人物だが、孤独で陰がある男性でもある。 ロカンタンは、自分を昼食に誘った独学者がレストランの割引回数…

『嘔吐』を読む(23)──火曜日「無し。存在した」、水曜日(1)独学者との昼食

「火曜日」の記載は「無し。存在した。」だけである。 《Rien. Existé.》 荷風の「昼、浅草。」ではないが、簡潔に置かれた二語が生きている。 その日は何もなく、なお自分は存在した、というのだ。難しく考える必要もないだろう。キザではあるが、若者にも…