hosoyaalonsoの日記

文学懐疑のダンカイ世代

【『細雪』を読む(1) ── The Makioka Sisters】

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    さて次は、谷崎潤一郎の『細雪』を読んでみよう。
    『細雪』は、『雪国』とほぼ同時期の昭和11年から16年頃の日本の中上流の家族を描いている。昭和18年からの雑誌掲載は軍部の圧力で中止となるが、発表のあてなく書き継がれて戦後に刊行、評判となった小説である。
恐慌や凶作に襲われクーデター未遂まで起きた時代に、『雪国』の島村も『細雪』の蒔岡姉妹も都会人として恵まれた生活を送っていると見える。中野重治は、あの苦しい時代を生きた者として『細雪』はとても読めないのだと言っていたが、戦後生まれの私のような世人にとっても、彼らの生活程度は高度成長期を経てやっとどうやら少しは身近になってきたかといえる類だろう(女中を置く等ほど遠いが)。しかも、我々は言論統制などまるで知らないのだ。谷崎も川端も、そして中野重治も一体どんな時代を生きたのか、実感としては分かり難いのである。それではまた、今は一体どんな時代なのか。それさえも不知道ではないか。
もっとも、現実離れをした『雪国』は別として、『細雪』の中にはむしろ時代の感触が所々に書き込まれており、軍需会社の仕事で貞之助の懐が潤ったり、関西のぼんぼんが満州皇帝の側近に応募するなどという話まで出てくるのである。
 『細雪』は、大阪船場の古い商家蒔岡家の四人姉妹、鶴子、幸子、雪子、妙子の話である(英訳題上記)。長女の鶴子は名古屋出身の銀行員・辰雄を婿に貰い上本町(うえほんまち)の本家を継いだが、堅実一方の辰雄は先代の死後傾きだした商売に見切りをつけて暖簾を人に譲ってしまい、妹達はそれをとても残念に思っている。
 次女の幸子は会計士の貞之助(明記はないが東京者とおぼしい)を、これも婿として分家し、阪神間(大阪と神戸の間の新興地)の芦屋に住んでいる。一人娘と女中たち、それに本家の兄と折り合いが悪く分家に入り浸りの妹たちと暮らしている。
 話の中心は二つ。その一つは、三女雪子の縁談である。純日本風の雪子は三十を過ぎた今まで見合いを繰り返したが縁が無かった。周囲は気にしているが、本人は何を考えているのやらはっきりしたことを言わず、分家で姪の世話をしながら暮らしている。
もう一つは、四女の妙子の恋愛である。妙子は、雪子とは違い活動的で現代的とされ、洋裁で自活しようと仕事場にアパートまで借り、男と事件を起こしたりする。この二人の妹の見合いと恋愛が、次女の幸子と貞之助の夫婦によって気遣われ、また処理されていくのである。作品の中で雪子のお見合いは5回あり、どれも具体的な様子や心理がよく分かり興味深く読める……などと、月並みな読書案内になってしまったが、さて。
米欧の学生達にはサイデンステッカーの訳で読んでもらったが、「イッツ ボアリング(退屈です)」と一人の女子学生が言ったのが忘れられない。単刀直入、まさにである。で、私は何と答えたか──それは、また次回。

#谷崎潤一郎 #細雪 #昭和 #関西