hosoyaalonsoの日記

文学懐疑のダンカイ世代

余波と残影

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    『海舟余波』で鮮やかに勝海舟の軌跡を描き出した江藤淳が、二十年後に『南洲残影』での悲壮感の歌い上げへと傾いたのはなぜだったのか。
 「人の生は循環する自然のなかを帆を張って横切る一艘の船に似ている」というハンナ・アーレントの言から始められる海舟論は、完結しない仕事としての政治に携わる治者の「徒労」と「公的なものへの情熱」を丹念に、それこそ執拗に追求していくものであった。そこには、幕末動乱を潜り抜けた勝の力業が、後から後からと襲いかかる大波をいかに乗り切っていったか、また挫折したかが、いやというほど語られていた。それは、現実に耐え、様々な関係を支え、駆使して、何とかいま・ここを治め、明日へとつなげていこうとする戦いだったといえるだろう。
 それに対して『南洲残影』に描き出された西郷隆盛は、遂にただ敗れんとして戦うに至った悲劇的人物として現れてくる。その大きさと不可解さを、江藤は意味のあるものとしてあらためて捉えなおそうとしたのだ。『海舟余波』の完結せぬ現実的人間像から、敢然と、黙したまま自らを完結させてしまう悲劇的人間像へと動いたかに見えるのである。そこには、田原坂の古戦場跡の蓮田善明の石碑までが現れ、それにつながる三島由紀夫についても、かつての批判とは異なる「殉義者」としての理解が向けられていると感じさせるのだ。
 うんざりするような現実の中で、ひたすら為すべきことを為そうとして奮闘する生者に寄り添っていたはずの批評家が、晩年に至って、いつか悲劇的感興をもって壮絶な英雄の死のドラマを語る者へと変じたとすれば、それもまた生き方である。しかし一方で、あの江藤が、と思わざるを得ないのだ。
 折しも知友が、三島由紀夫の『豊饒の海』を、時の流れを「クロノス的な反復ならざる、カイロス的な一回性として」描こうとしたものであり、そこで目指されたのもは、三島自身が「厳密に一回的」とする〈行動〉によって、何度でも繰り返し反復する〈時〉を破らんとしたものだと論じていた。三島は「グロリファイする死」を「生そのものとの一如」であるとまで語っている、と。それは、まさに西郷南洲の最後にも重なる行動哲学ともいうべきだろう。
 しかし、なお、私は『海舟余波』をたしかな手ごたえと共感をもって語っていた批評家・江藤淳に惹かれるのだ。
 そして、心力も膂力も失せた身には、厳密な一回性と目される〈行動〉も、繰り返しの反復と見える〈時〉も共に、ただただ不断に拉し去っていく流れこそが、生きられた時間としか感じられないのである。すでに開始された私の時は反復としても、一回性としてもやがて終わる、その感触こそが生である、と。すなわち、一回性の行為という悲劇的情念に惑わされてはならぬぞ、と老人は念じているのである。
 おーい、ヘミングウェイよ、川端よ、そして江藤よ……、などと呟きつつ。