hosoyaalonsoの日記

文学懐疑のダンカイ世代

「わけのわからぬ感想」

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今日12月30日は横光忌。
 これは横光利一『欧洲紀行』の一節である。横光は1936昭和11年二・二六事件の直前、東京日日、大阪毎日の依頼でベルリンオリンピック観戦と紀行執筆のため渡欧したが、パリではかくも憂鬱な思いを味わったというのだ。それは、吉本隆明が「わけのわからぬ感想」と名付けたほどに強烈だが、分かる気もするのである。パリでは孤独が煮詰められ、固着している、店舗に街路に行き交う人々に、つややかな光沢をもった文化と見えるまでに。
 永井荷風を思えば、下記の吉田健一の言葉は断定的にすぎるだろうが、いわんとするところは思い当たるのだ。横光の欧州体験は、荷風のごとく文化的理解の上におかれた遊学者のそれではなく、よりあからさまな手つかずの衝撃、まさに欧州という実在にふれた衝撃だったというのであろう。

《巴里の憂鬱といふ言葉がある。私もこの年まで、度度憂鬱は経験したが、こんな憂鬱な思ひに迫られたことは、まだなかつた。身が粉な粉なに砕けたやうに思はれ、ふと取りすがつたものを見ると、いづれも壊れた砕片だ。殊に雨にでも降り籠められれば、建物の黒さが身の除けやうもなく心に滲み渡つて来る。立ち騒ぐ人もなく雨の中で悠悠と傘もささずに立話をしてゐる人人の風景は、のどかどころではない。
 いら立たしい感情はどこへかかき消え、うんとも声の出ない憂鬱さが腰かけてゐる椅子の下から這ひ上つて来る。何ともかとも身の持ち扱ひに困るのだ。
 巴里にはリリシズムといふものが、どこにもない。何とかかとか、旅人を喜ばす工夫に熱中して、うつとりする物ばかりふん段に並べ立ててくれるのだが、そんな物にはびつくりも出来ず、向うの下心ばかりがいやに眼につく。雲形定木の面白さも何となく物足りぬ。》横光利一『欧州紀行』

横光利一はヨオロッパに現れた日本の最初の近代人だった。彼は藤村と同様に外国語を殆ど知らなかったが、その知識の不足を彼の意識で補った。彼は外国に旅行した興奮を抑えるので緊張した意識にパリの現実を映し、それと日本の現実の差までを意識するという仕事をしたのであった、このことが彼の外遊を一つの歴史的な事件にしている。》吉田健一横光利一のフランス見学」