hosoyaalonsoの日記

文学懐疑のダンカイ世代

ヴァーチャル・サロン入会の弁

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Facebookはむしろ、サロンではないか。

欧州貴族によるサロン、さらにはブルジョワ連のサロンが、権威や財力によって、虚栄や愛憎等々、鼻持ちならない俗臭、スノビズムと共にありながら、なお、人と人の出会いと交流を促し、あらたな広がりと奥行きをもたらしたことは確か。
ともすれば、西部劇サルーン流の乱闘に至るまで。

FB二階の各種サークルは敬遠して、
一般公開の一階大広間にこそ。

主人役ホスト・ホステス不在にて、手書き名札のみで入会。まるで見通せぬボーヨー(中也)とした薄暗い広がりを手探りで。

おのずと交友縁故、趣味趣向でつながり、交流の場を呈す。なおそこに、有象無象が顔を出せるとの仕組み。

異業種交流会にとどまらぬ、異種異類交流会場とも。
が、寸言、暴言言いっぱなしのTwitterより幾分かは安心とも見え、紳士・淑女の会員制宴会場の如く。
まさに目下特別無料公開中、ヴァーチャルギンザの交詢社とも。

もっぱら既知の連中との情報交換の具として使われ(上役や取引先のゴルフ自慢に、こまめにいいねを押すという、勤め人の愚痴まで仄聞)、まさに同窓交歓会、老人会と化したかに見えて……それも又よし、と、

が、嘆息しつつも、元来パーティ、サロン等まるで敬遠の身までが、思わず食指が、否、スマホ指が動く始末。

かつてパソコン通信、コンピュサーブに向かったごとく。
また、インターネット最初期のBitnetを弄り、驚きとスリルを味わいしごとく。
この歳にしてなお。

このリモートサロンの安易は、名札と画像のアバターのみにて、勝手に自己像を整え、また壊し得るとの幻想を付与、賦活の場となり得るか、と人を誘う。日々の労苦を忘れて、と。

ザッカー某の仕立てた黒船にまんまとall aboard。
珍しさにいい気になりつつ、なお破船、乗っ取り搾取の恐れもありと聞く。一方、井伊某の如く批判の嵐に炎上せぬようにとも、要小心。

当方、客気も細心も既に枯渇の身にて、何が何やらゆるがるれ……とも。

が、あらためて考えれば、本来文字表記は本人不在でも伝達可の表現手法。
口頭の言語表現でさえ、自己像制御、自己像修正の力を持ち得る。

とすれば、そも言語自体が、ヴァーチャルなる観念世界へと通じた、巧妙なる仕立ての自画像ドローンであったとも。

その旧式ドローンをさらに活性化せんと、今もまたスマホ片手で、
さあさ皆さん、お立ち合い、と指先で。

ベートーヴェン七番を耳にしつつ。